令和8年3月25日(水)に茂原市本山藻原寺に於いて、

「延山流声明について~惣礼伽陀、回向伽陀について~」という講題として

法儀聲明講習会が行われました。

日蓮宗の法要式では、伽陀という韻文(リズムや音の形式)に基づいて唱える経文や賛歌があります。一例では、法要の始めに唱える諸仏諸尊勧請の「惣礼伽陀」、法要の終行に唱える「回向伽陀」があります。その他にも、御会式、降誕会、読経などの伽陀など、種々の法要に用いられます。そこで、法要儀礼を研鑽されている池上要靖先生をお招きし、惣礼伽陀・回向伽陀を中心に身延山に伝わる伽陀を研鑽いたしました。

 

令和7年5月5日(月・祝)、市原市瀬又の正蓮寺(大塩孝信住職)に近接した村田川において『瀬又のこいのぼり』が開催され、雅成会(田中妙定会長=市原市真浄寺住職)と青年会(平松芳匡会長=茂原市満福寺副住職)が雅楽の演奏等で出演しました。

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当日は快晴で、村田川をたくさんの鯉のぼりが悠々と泳いでいました。
地元のお店の出店や和太鼓の演奏などもあり、大勢の家族連れで賑わっていました。

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雅成会は雅楽の演奏を行い、正蓮寺の大塩裕孝副住職が雅楽や楽器についての説明をし、多くの人が足を止めて演奏に聴き入っていました。

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青年会は御首題、スマートボール、ポップコーンなどの出店をして、売上げは能登半島復興のための寄付としました。

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令和7年5月20日

第30回法華経読誦施餓鬼大法要を厳島神社千畳閣にて行われました。

厳島神社千畳閣は、天正15年(1587年)、豊臣秀吉が毎月一度千部経を読誦するため政僧・安国寺恵瓊に建立を命じた大経堂です。

島内では最も大きな木造建築物で、畳857枚分の広さがあることから千畳閣と呼ばれてきました。
秀吉の急死によって工事が中止されたため、御神座の上以外は天井が張られておらず、未完成のままの状態で現在に至っています。千畳閣の本尊は釈迦如来座像でしたが明治初年の神仏分離令のため大願寺へ遷されて千畳閣自体は厳島神社の末社の豊国神社となっております。

法華経読誦施餓鬼法要は、平成7年当時、声明導師である早水日秀師、声明師連合会会長である南條孝仁師をはじめとする講師陣が厳島神社を参詣したことに始まり、平清盛が一門の平安を願って法華経28品を含む写経33巻を納経した厳島神社。そして、豊臣秀吉が千僧供養を発願しものの、未完のままの千畳閣。そこに訪れた一行の胸に、「この地で法華経を読みたい」という想いから始まりました。

今回は第30回として例年とは違った形にて執り行われました

 

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令和7年4月29日(火)鴨川市清澄寺にて

第三十一回いのりの日が行われました。

今回のいのりの日は、祈りの修行体験として、

各会場にて唱題行、写経、法話、ご開帳などの修行体験が行われており、

ご自身で選ばれた修行体験を自発的に行い、

お願いや、ご供養などの祈りを通じて、ご自身を見つめる時間をお過ごしになられました。

令和7年3月5日

本山真間山弘法寺にて千葉県四管区声明研修会が行われました。

日蓮宗声明導師、上田尚教上人をお迎えし令和13年、宗祖第七百五十遠忌に向けて高祖賛、祖師會伽陀を勉強しました。

高祖賛、祖師會伽陀は大変難しい声明であり、なかなか普段唱える声明ではありません。

参加者は声明導師からの指導を真剣に聞き研鑽いたしました。

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